選手の活躍がなによりの喜び ― 管理栄養士 河南こころさん ―

オリックス・バファローズ 管理栄養士 河南こころさん

 

オリックス・バファローズの管理栄養士として、選手のコンディショニング調整を担っている河南こころさん。2017年7月、オリックス・バファローズと契約後、舞洲にある選手寮「青濤館」を拠点に、若き猛牛戦士たちを栄養面からサポートしている。

河南さんがオリックス・バファローズの管理栄養士に就任したというニュースは、当時、スポーツ界ではちょっとした話題となった。それもそのはず、河南さんと言えば「真央ちゃん」の愛称で親しまれたフィギュアスケート界の国民的スター、浅田真央選手を栄養面でサポートしてきた栄養管理のスペシャリストだからだ。あらゆる進化が続く日本プロ野球だが、栄養管理面でもそれが進んでいることの象徴的な出来事が、河南さんの「舞洲入り」だった。

 

プロ野球ファンからはじまったスポーツ栄養学への道

 

河南さんは、子どもの頃からプロ野球ファンだった。

「昔は阪神タイガースのファンでした(笑)。誰か特定の選手が好きというわけではなく、チームであったり、もっと言えばプロ野球そのものが好きだったんですよね。大学時代は年に10試合くらいは甲子園に行っていました。そして甲子園で試合がない日はグリーンスタジアム神戸(現ほっともっとスタジアム神戸)にオリックスの試合を見に行くという感じでした。すいません(笑)」

管理栄養士を志したのは高校2年生の頃。進路を考える中で、大好きなプロ野球の世界で選手の栄養面をサポートしたいと考えるようになり、栄養学部のある大学を進路として選択した。

「プロ野球を見ている中で、応援していた選手が若くしてケガなどによって引退していく姿を見ることもありました。その中で栄養面からアスリートをサポートすることができれば、それによって現役で活躍する期間を少しでも延ばせるのではないか。そうすれば大好きな選手たちを、私たちファンは長く見て楽しむことができるのではないかと考えての進路選択でした」

 

 こうして飛び込んだ栄養学の世界ではあったが、当時はまだスポーツ栄養学がメジャーな存在ではなかったため、一般的な学問に留まっていたという。大学卒業後は給食会社に就職、病院勤務となったものの、栄養学の道を選んだ動機でもあるスポーツへの思いは絶ち難かった。1年で退職、スポーツ関係の企業を探すが、なかなか栄養士を募集しているスポーツ関係の企業は見つからなかった。そして最終的にはスポーツクラブでアルバイトを始めた。そこではフロント業務の傍ら、栄養士として話をしたり、栄養新聞を自作し、発行するなど、与えられた環境の中で自分にできることを探す毎日だったという。

 

 そんな河南さんに転機が訪れたのは2002年。森永製菓が運営するウイダートレーニングラボに採用されたことで、本格的にスポーツ選手と接するようになった。大学で栄養学を学んでいるとはいえ、実践の場でいきなり通用するほど甘い世界ではなかった。当初は何もかもが勉強だったという。

「もっと大学で勉強をしておけばよかったという後悔をしたこともありましたが、それ以上に実際の現場に出て、そこで初めて知ることや先輩に教えていただくことなど、知らないことだらけであることを痛感しました。戸惑いもありましたが、衝撃を受けることだらけでした」

 

 病院勤務の中で体験してきたものと、スポーツの現場で体験するものは、同じ栄養士としても正反対のものだったという。

「病院での栄養士の仕事は、基本的に制限することが多いと思いました。病気やケガの状況に応じて、特定の栄養素を摂り過ぎないように、注意を払います。しかしアスリートは、ある部分では制限も必要ですが、基本的に『食べることは仕事』です。いかに強靭でスタミナのある身体を作るかという観点から、しっかりと食べさせるということが基本になりますから、それは正反対と言っても過言ではないかもしれません」

 

 アスリートの栄養を考える上で、最も大事なのはタイミングと量だと河南さんは考えている。一般的な「日に3度の食事」ということではなく、アスリートはトレーニングや試合などに応じて、食事を摂るタイミングが異なってくる。そして競技や年齢・体重・性別に応じて必要とされるエネルギーは異なってくる。競技によって必要な栄養素が変わるわけではなく、競技の特性に応じて最適なタイミングと量をつかむことが基本だ、と河南さんは考えている。しかしこうしたことは経験を積み重ねる中で覚えることでもあり、初めて仕事としてアスリートと向き合った当時の河南さんにとっては、新鮮な驚きの連続だったのだろう。

 

 

そしてこれまで様々な競技の選手の「栄養戦略」を通じて関わってきた中で、重要なのはアスリート個人に合わせた指導だと語る。

「選手によって好き嫌いは当然あります。でもそれは食習慣でもあるので、子ども、或いは高校生くらいまでであれば、習慣を変えるということもできると思います。ですが大人になってしまうと、これを変えるというのはなかなか難しいのが現実です。ですから無理をして摂らせるのではなく、嫌いなものがあれば、それに含まれる栄養素が摂れる別のメニューを薦めるといった形で、選手の嗜好を尊重するように心がけています」

 そんな中でも、選手の年齢に応じた栄養指導も重要だという。

「20代後半になってくると、やはり代謝は落ちてきますので、それまでと同じペースで食べていれば、当然お腹周りに脂肪がつきやすくなってしまいます。そうしたことは口頭で伝えるようにしています」

しかし、選手のためを思った発言であっても、選手の食べたいという欲求とぶつかる場面は当然出てくる。少なからず葛藤もあると思うのだが、それについて河南さんは、最後は選手次第だという。

「最終的には選手の意識の問題だと思います。解っていても、食事内容を変えることのできない選手も当然いると思います。それでも、最終判断は選手自身に委ねるべきだと思います。こちらが言い過ぎることで、選手がストレスを感じてしまい、それがパフォーマンスに影響してしまっては、それこそ本末転倒です。やはり正解がないのが、この仕事の難しさであり、面白さであるのかもしれませんね」

 

 河南さんのアスリートへの向き合い方には、競技の違いも影響している。

「野球というスポーツは、技術のスポーツという側面もあり、多少、体脂肪が増えたとしてもプレーできるという特性があります。ラグビーのようなコンタクトスポーツや、ロードレースのような持久系競技と比べると、ぎちぎちに管理するのではなく、『食事を楽しむ』という部分を優先する方がいいのかなと思います」

「例えばラグビーなどは身体の大きさも影響する側面が強いので、ウエイトトレーニングを相当な量こなしています。当然、しっかり食べることも必要になってきます。野球選手でも、若手選手の中には『もっと食べて身体を大きくしなければ』という意識を持っている選手もいます」

因みにオリックス・バファローズの選手であれば、寮生は1日あたり4,000kcalで食事を計算しているという。それを3食と数回の補食に振り分けているのだが、選手によっては身体を大きくするために一食でご飯を700g(約 茶碗4杯分)食べていた選手もいたという。

 

 河南さんが最初に1人で担当したのは、プロの自転車ロードレースチームだった。ヨーロッパでは国民的人気のスポーツであり、最近では日本でも競技人口が爆発的に増えているスポーツだが、ここで河南さんは栄養戦略が競技に及ぼす影響が大きいことを感じたという。

「持久系競技はカーボローディングが有効です。カーボローディングというのは、レース前に炭水化物を通常より多く摂取することでグリコーゲンを身体に充分に蓄え、それを競技中のエネルギー源として使うことです。そしてレース中もこまめに食べることで、エネルギー切れを防ぎ、最後までパフォーマンスを維持します。また持久系の選手は体組成を気にするので、体脂肪を増やさないようにするという部分で栄養戦略が大きく関わってきます」

 

 

競技による違いを栄養学に落とし込むことが大切

 

 オリックス・バファローズの管理栄養士となった河南さんが、最も驚いたことは、独特の習慣だったという。

「プロ野球選手を見て、試合後にも練習をするというのには驚きました。これまで私が関わってきた自転車、バレーボール、ラグビーなどどの競技でも、試合後に練習するというパターンはありませんでした。これは野球の特性かもしれません。試合で全力を出した後に、さらに練習するわけですから、エネルギーを再補充する必要があり、試合後に食べてもらうようにしました。そこでエネルギーを補給した上で、改めて練習に取り組んでもらうという風にしました」

 

 河南さんの栄養指導は、選手個人を尊重することから始まっている。そのため同じオリックス・バファローズでも1軍の選手とファームの選手では対応が異なっているという。

「1軍の選手は自身の考え・やり方でここまで上り詰めているので、私からは特に口出しはしません。何か聞かれたら答えるというスタンスです。ファームの選手はまだ“育成”という要素も強いので、正しい情報を提供したり、栄養学の基礎を学んでもらっています。その中で自分に合った栄養戦略を見つけてもらえればいいなと考えています」

 

 様々な競技と関わってきた河南さんではあるが、プロアスリートでも最初から食習慣が整っているわけではないという。時代性もあるのだろう。そうした選手たちに正しい食習慣をつけさせるのも河南さんの仕事だ。

「憧れのプロの世界に入ってくれば、自然と食習慣も変わっていくのではないかと最初は思っていました。しかし実際の選手にとっては、それどころではないようです。アマチュアの中では跳びぬけている選手でも、プロの世界は直ぐに適応できるほど甘くはないのでしょう。最初は練習に付いていくのが精一杯であり、食事まで気が回らないというのも現実です。プロに入って最初は、一時的ではありますが、食が細くなることは珍しくないと思います。でもそれは意識が低いのではなく、プロの世界が厳しいことの現われなのだと思います」

 

 栄養という分野からアスリートを支える河南さんだが、やはり最大の喜びを感じるのは、選手の活躍だという。具体的に成績への寄与範囲を確定できるものではないが、純粋な気持ちで選手と接している河南さんらしいともいえる。

「選手が活躍してくれると嬉しいですが、逆にケガなどしてしまうと、『もっとできたことはなかったか』、『嫌がられても、もっと厳しく言っておいた方がよかったのではないだろうか』などと考えてしまいます。とはいえ、いくら後悔してもケガをしたという事実は変わりませんから、一日でも早く戦列に戻れるようにサポートしなければ、と切り替えています」

 

#2に続く

河南 こころ(かわなみ こころ)
管理栄養士・CSCSNSCA認定ストレングス&コンディショニングスペシャリスト)。兵庫県出身。
自転車ロードレースのほか、ラグビー、バレーボール、フィギュアスケート等、様々なアスリートを栄養面でサポートするしてきた。
現在はオリックス・バファローズ管理栄養士として活躍中。

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