「取材する側」から「取材される側」へ/オリックス・バファローズ 広報部 西田 光さん

オリックス・バファローズ 広報部 西田 光さん

 

  球春を目前に多忙を極めるプロ野球界。オリックス・バファローズ広報部で奮闘する西田光(にしだ・ひかり)さんも例外ではない。昨年7月に新聞記者から転職。『取材する側』から一転、『取材される側』の仕事に就いた西田さんにやりがいや思いを語ってもらった。

 


 

学生の頃から肌で感じていた野球場の魅力

 

「子どもの頃から野球に親しみを感じていました」と語る西田光(にしだ・ひかり)さんは大阪生まれ。阪神タイガースファンの父親の影響で、自然と野球を見るようになったという西田さんだが、オリックス・バファローズとはひょんなことで縁を持っていた。西田さんは大学3回生の時、オリックス・バファローズのホームスタジアムである京セラドーム大阪にて、ビール販売のアルバイトをしていたのだ。いわゆる「ビール売り子」だ。
「同じアルバイトをしている人の中には『とにかく野球が好きだから』という動機の人も少なくないようですが、私はそうではありませんでした。売り上げという形で、成果が目に見えて判るため、自分で目標を定めて取り組むことで、成長できるのではないかと思って始めました」
2年間のアルバイトの中で、西田さんは売り上げ2位になるなど、結果を残した。その原動力となったのは、球場の雰囲気だったという。
「球場の持っている独特の熱、それはファンの皆さんの一体感だったのかもしれませんが、あの独特の空気に圧倒されながら、それに負けないように声を張り上げていたことを覚えています。私が持っていたビールサーバーは15kgほどの重さなのですが、試合中はその重さを感じることなく、階段を上り下りしていました。普段だったら音を上げてしまいそうな重さなのですが、それを感じることを忘れてしまう熱い雰囲気が球場にはあります」
野球場が持つ独特の空気を、アルバイトの傍ら感じていた西田さんは、プロ野球の持つ力に驚くと同時に、そこにはまだまだ多くの可能性があると、朧気ながら感じ取っていた。

 

大学のゼミでは地域の活性化をテーマに学んでいた西田さんが、卒業時に選んだ進路は新聞記者だった。

「メディアは情報発信という立場から、地方を活性化することができるのではないかと考えたので、地域密着の地方紙を中心に就職活動を行いました。その中で採用していただいたのが、福井新聞だったということです」
福井新聞に入社後、西田さんが最初に配属されたのは運動部だった。そこで高校野球取材の一環として、敦賀気比高校の担当となった。オリックス・バファローズの主力打者である吉田正尚選手の母校でもある敦賀気比高校は、甲子園の常連校としても知られている。その担当となったことで、野球と向き合う時間が増えた。
「高校野球、特に敦賀気比高校を取材できたことは、貴重な経験でした。特に、2015年の春の甲子園(選抜高等学校野球大会)優勝時の取材は心に残っています。アルプススタンドで声援を送る選手の父兄にも話を聞くことができました。当たり前のことですが、選手や家族の野球にかける思いの強さを知れたことは、プロ野球に携わるようになった今、自分の中で活きているような気がしています」

 

西田さんの記者人生は5年間続いた。その間、敦賀支社で地元に根差した取材を行ったり、メディア整理部で紙面レイアウトや校閲を担当するなど、様々な経験を積んだ。そして2019年、転職という大きな決断を下した。
「両親から帰郷を促されたことも理由の一つですが、出身地である大阪が恋しくなっていたということもありました。転職先を探す中で、オリックス・バファローズの求人を見つけたのですが、高校野球の取材を通じて野球が好きになっていた私には『どうしても入りたい』と思える魅力的なものでした」
こうしてオリックス・バファローズの一員となった西田さんは、学生時代にビールを売り歩いていた京セラドームに久しぶりの帰還を果たすことになった。

 

「取材する側」から「取材される側」への転身

 

>仕事としてプロ野球にかかわることとなった西田さんだが、外から見ていた以上にシビアな世界であるということは、改めて感じたという。
「華やかな部分だけが目立つプロ野球ですが、選手や監督・コーチといった現場の方にとっては、勝敗で評価される厳しい世界であるのだということは、中に入って改めて痛感しました。私はデスクワークが中心ですが、それでも厳しさは伝わってきます。その厳しさがあるからこそ、プレーは華やかであり、ファンの方は熱狂できるのだと思います」

 

西田さんの一日は、新聞10紙に目を通すことから始まる。そしてオリックス・バファローズに関連する記事をクリッピングする。その後は取材の受付、プレスリリースの作成や配信と、広報部の一員として忙しい毎日を送っている。
「日本に12しかないプロ野球球団の一員として働けているというのは、すごくラッキーだと思います。野球に携わっている人ならば、誰もが憧れる場所を支えるお手伝いができるのは、やりがいを感じます。さらに自分の経験を活かすことができているということは嬉しく思います。プレスリリースを作成する際には、記者として記事を書いていた経験、そして出来上がったものを配信前に見直す過程では、校閲をしてきた経験が活きています。とはいってもまだ、先輩や上司に色々と直されてばかりですが(笑)」

 

『取材する側』から『取材される側』になった西田さんだが、記者対応をするうえで心掛けていることは何か尋ねてみた。
「過去の経験から記者の方が望むことは多少なりとも理解できる気がします。ですから取材依頼の意図を汲み取り、丁寧な対応をするよう意識しています。取材窓口ということは、記者の方と最初に接する窓口です。ここで球団としての真摯な姿勢を見せることは、大事なことだと思っています」

 

転職からの半年余りを、西田さんは「怒涛のような日々だった」と振り返る。
「記者という外を飛び回る仕事から、デスクワークになったギャップもありましたが、毎日のように試合がある中で、全てが新しいことばかりでしたから、ついていくことに懸命でした。気が付いたらシーズンが終わっていて、オフになり、また次のシーズンが迫ってきているという感じです」
そんな中で、仕事に臨む姿勢にも変化があったという。
「新聞記者という仕事は、サラリーマンではありますが、個人にかかる部分が大きい仕事です。しかし広報部員としての仕事は、チームとして取り組む仕事です。ですからオリックス・バファローズに入ってから、より周りの人のことを考えながら仕事をするようになったと思います。今は周りの人に『この人は仕事をしやすい』、『仕事をしていて楽しい人』と思われるようになりたいと思っています」

 

オリックス・バファローズの一員として迎える20シーズン。西田さんには目標がある。
「これは1年間限定というわけではありませんが、『オリ姫』と呼ばれる女性ファンを増やすための魅力ある発信をしていきたいと思っています。勝敗は、メディア露出を決定づける大きなファクターではありますが、それとは別にメディアの方々に面白いと感じていただけるような企画を提案してみたいと思っています。『野球を見たことがない』、『オリックスの試合は見たことがない』という方に、ぜひ一度球場に足を運んでもらいたいと思っています。あの球場全体を包み込むような一体感を味わってもらいたいですね」

 

舞洲はスポーツの魅力を発信するパワースポット

 

同じ舞洲に本拠地を置く大阪エヴェッサ、そしてセレッソ大阪への思いを聞いてみた。
「少し前に大阪エヴェッサの試合を観戦しました。野球にはないスピード感や独特の応援が面白いと思いました。これはセレッソ大阪の試合についてもいえることですが、他のスポーツを見るのは、いい意味での刺激になります。オリックス・バファローズファンの方にも、ぜひセレッソ大阪や大阪エヴェッサの試合を見に行ってほしいと思います。そのことで、野球の良さが再発見できる部分もあるでしょうし、野球とは違う楽しさにも出会えると思います。同様にセレッソサポーターの方やエヴェッサブースターの方にも、ぜひ球場に足を運んでほしいと思います。そうやって、大阪のプロスポーツが盛り上がっていけばいいと思います」
ご存じの方も多いかもしれないが、オリックス・バファローズは舞洲のスタジアムでファームの公式戦を開催している。これもぜひ見てほしいと西田さんは力を込めた。
「ファームの公式戦は、選手との距離が近いのが最大の特徴です。試合の最中には、様々なイベントも企画されており、それを見るだけでも楽しいと思います。選手のインタビューなども、間近で聞くことのできる機会もありますし、選手も飾ることなく素の部分を出すことが多いので、思わぬ一面が見られるかもしれません。舞洲は野球だけではなく、そうした様々なスポーツの施設がそろっており、スポーツの魅力を発信するパワーがある場所だと思います」

光という名前の通り、みんなに元気を与えられる存在になりたいと語る西田さんが、これからもオリックス・バファローズの魅力、スポーツの力を多くの人に届けてくれることに期待したい。

西田 光(にしだ・ひかり)

・生年月日:1991年10月6日

・出身地:大阪

・経歴

2014年関西大学卒

2014年福井新聞社入社

2019年6月福井新聞社退職

2019年7月オリックス野球クラブ入社

・趣味:写真撮影

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