外国籍選手の若きサポート役/大阪エヴェッサ 通訳 小川 凌さん

大阪エヴェッサ 通訳 小川 凌さん

 

留学先でアメリカ大学リーグを体感して

 

     Bリーグ201920シーズン、西地区において首位争いを続けている大阪エヴェッサ。好調を支える要因の一つが、外国籍選手の活躍だ。その外国籍選手を陰で支えているのが、通訳を務める小川凌さんだ。

 

 小川さんは現在22歳。関西学院大学に通う学生でもある。プロチームで通訳を務めていると聞くと、自身もバスケットボールプレーヤーだったのかと思われがちだが、小川さんが本格的にバスケットボールをプレーしたのは、中学生時代の3年間だけだという。

「高校に入ってバスケットボールをプレーしなくなってからも、見ることは好きでした。NBAを中心とした、アメリカのバスケットボールを中心に見ていました」

 

 ケビン・デュラントやラッセル・ウェストブルックに憧れる普通の高校生が、なぜプロバスケットボールと関わりを持ったのか。その答えとなる鍵は、小川さんが大学2回生の時にある。アメリカテキサス州にある南メソジスト大学に留学した際のことだ。小川さんはそこでバスケットボール部のマネージャーとなった。

「アメリカの大学におけるクラブ活動は、我々のイメージする部活動とは、活動内容、スケールとも大きく異なります。試合は全米でテレビ放送され、いわゆる『セレブ』が試合観戦に訪れるといった具合です。実際に私が携わっていた間でも、ブッシュ元大統領やNFLダラス・カウボーイズのジェイソン・ウィッテン選手といった人たちが、試合観戦に訪れました。その規模での開催ですから、当然、選手以外のスタッフにも、その規模に応じた動きが要求されます。大学のクラブ活動でありながら、プロといっても差支えないような規模で運営されていることに驚くと同時に、圧倒されました」

 

 ここで、プロフェッショナルといっても過言ではない大学スポーツを体験したことは、その後の小川さんの進路に大きな影響を与えたという。

「アメリカの大学スポーツは、全米大学体育協会(通称NCAA)という組織に加盟しています。そこではアメリカンフットボール、野球、アイスホッケー、バスケットボールといった、アメリカで人気のスポーツを筆頭にゴルフやテニスなど様々なスポーツで、NCAA主催の大会が開催されています。そのテレビ放映権を管理し、各大学が販売するグッズにおいてもNCAAという名前の下でブランド化するなど、スポーツビジネスとして、独立しています。同時に、学生スポーツであるというところは重視しているため、学生の本分である学業の成績も管理しています。全ての競技において、選手の成績はNCAAで管理され、成績が悪ければ、極端な話、プレーできなくなる可能性もあります。ですから私が所属していたチームでも、遠征に際してはチューターと呼ばれる教師役の人物が同行し、空いている時間で課題をやらせるなどといったことも行われていました。そうした中でプロを目指しプレーしている選手たちは、その立ち振る舞いも規律あるものでした。そして何よりも、自分で考える姿勢を崩さない点には感心させられました」

 

 凡そ日本では考えられない規模のスポーツビジネスの中に身を置いていたのだから、小川さんの中でスポーツビジネスへの興味が湧き上がってくるのは、自然な流れだったのだろう。帰国後、201819シーズンには、インターンとして大阪エヴェッサのチーム運営に携わるようになった。

「最初にやらせていただいたのは、ビデオコーディネーターと呼ばれる、スカウティングにまつわる仕事でした。これは対戦相手を分析するために、その特徴などをわかりやすく編集することが主業務でした。ここで初めてプロバスケットボールに業務として携わったわけですが、考えていた以上にシビアな世界でした」

当初はついていくのに必死だったというが、小川さんの真摯な態度はクラブ内で評価されたようだ。そして今季からは、チームの通訳を務めることとなった。

 

プロアスリートと ひとりの外国人生活者の両面を支える

 

 現在、小川さんは通訳として外国籍選手についている。そこでの難しさは何か尋ねてみた。

「コートの上ではスターである選手たちですが、ひとたびコートを離れたときは、日本という『外国』で働く一人の男性です。風習の違いや言葉の壁など、様々な点でストレスを抱えることもあります。まずは彼らを、自然な形でチームに馴染ませることを意識していますが、そのためには私自身が彼らとの間に信頼関係を築かなければなりません。自分という人間がどういう人間であるか、変に取り繕うのではなく、自然な形で接していくことが大事だと思っていますが、一方では彼らはチームにとって大事な戦力でもあります。どうしてもそこで、私自身が気を遣いすぎてしまうこともあります。ここの兼ね合いが難しい部分です」

小川さんは、自分自身の留学経験から「外国で暮らす」ということの難しさを理解している。だからこそ、そこで相手が望むことを考えながら動くように意識しているが、それが過干渉にならないよう注意しているという。とはいえ日常生活の中で、日本人にとっては当たり前のことであっても、外国籍選手にとっては解らないことも多く、そうした際に頼られる存在であることも事実だ。

「例えばエアコンのリモコン一つとっても、日本語が読めない外国人にとっては謎の機械なわけです。夜、選手からSNSでリモコンの写真が送られてきて『どれがスイッチなのか』と聞かれたこともあります。そうした日常で感じる小さなストレスを軽減してあげることは、彼らのベストパフォーマンスを引き出すためにも絶対に必要なことだと思っています」

 

 もう一つ、小川さんが心掛けていることがある。それは「一人の人間として、普通に向き合う」ということだ。

「普段、コートの上で躍動する彼らを見ていますから、一人のバスケットボールファンとして、彼らに対する憧憬の念はあります。しかし、彼らはプロであり、彼らにとってバスケットボールは仕事でもあります。同時にプレーに対する強いプライドも持っています。だからこそ、日常で彼らと接するときには、バスケットボールの話はし過ぎないように意識しています。通訳としてチームに貢献することを考えたとき、彼らがオンとオフの切り替えをしやすいようにするのも、自分にできることだと思っています。ですから、彼らを『スター扱い』しないよう、常に意識しています」

 

 通訳として、外国籍選手と日本人選手の間に入る上での難しさについても尋ねてみたところ、意外な答えが返ってきた。気を遣ってしまうのは、むしろ日本人選手に対してだったという。

「自分にとっての反省点でもあるのですが、どうしても日本人選手に対して気を遣い過ぎてしまう傾向がありました。普段は穏やかな選手であっても、プレー中は熱くなります。そこで日本人選手に対してちょっと激しい言葉で要求をすることも、決して珍しくはありません。しかし日本人選手もプロであり、プレーに対するこだわりもあります。プレー中に要求しあう場面は、言葉の通じる日本人同士でも熱くなるシチュエーションですよね。そこにプレーしていない自分が介在する難しさはあります。最初のうちは、彼らの要求を表現を変えて伝えることもあったのですが、それでは要求している度合いというか、熱量が伝わらないこともありました。それについては何人かの日本人選手から『気を遣わなくていいから、要求をそのまま伝えてほしい』というリクエストも貰いました。自分としては、選手同士をうまくコミュニケートさせようとしたつもりでしたが、却って真意が伝わらないようにしてしまっていたと思い、反省しています」

 

 小川さんは通訳として、大事なことは「解らなかった時には、聞き返す」ということだと考えている。

「通訳という仕事は、外国籍選手にとっては、日本人選手やスタッフとの窓口でもあります。ですから英語力を含めた、私自身に不安を感じさせないようにしなければという思いが強くありました。そのため、通訳になった最初の頃は理解できなかった時に聞き返すということができませんでした。しかしこれは、コミュニケーションを阻害してしまう行為であり、最終的には外国籍選手の信頼を損なってしまう行為でした。それに気づくまで時間を要したことは、反省点です」

 

自分の好きなことから夢が広がった

 

 

小川さんの英語勉強法についても尋ねてみた。
「他人に『これ』と誇れるほど凄いものはありませんが」と苦笑しつつ、「興味のあるものとつなげることで、理解が早まるような気がします」と語ってくれた。小川さんにとっては、中学~高校時代と見続けていたNBA中継が、テキストだったという。

「最初は、何を言っているのか全く解りませんでしたが、知っている選手の名前やチーム名が少し聞き取れるようになり、それを頼りに見続けているうちに、『ひょっとしてさっきはこのプレーについて喋っていたのではないか』という具合になり、それを繰り返すことで、少しずつ英語が聞き取れるようになったと思います。ですからバスケットボールに限らず、サッカーでも野球でも、或いは映画でもいいので、自分が興味を持っているものについて触れ続けることが、英語に慣れるということなのかなと思います」

 

シーズンも折り返し地点に差し掛かったB1リーグだが、大阪エヴェッサは開幕から好調をキープし、西地区の首位争いを繰り広げている。今季のBリーグについても尋ねてみた。

「正直、今のBリーグは実力が拮抗していると思います。どのチームにもチャンスはあるように感じます。その中で、大阪エヴェッサが好調を保っているのは、チームが一丸となって戦っているからではないでしょうか。外国籍選手の力も、もちろん大きいですが、それだけで勝てるものではありません。所属している選手、スタッフの含めた全員の力が、リーグ戦を勝ち抜くためには必要です。ですから、私は通訳という立場から、コート外もしっかりとサポートして、外国籍選手が持てる力を最大限に発揮できるようにしたいと思っています」

 

 最後に同じ舞洲に本拠地を置く、他のプロスポーツについての思いも聞いてみた。

「歩いて行ける距離にオリックス・バファローズさんとセレッソ大阪さんの本拠地があるというのは、日本では珍しい環境だと思います。特別に意識はしていなくても、普段から『オリックス勝ったかな』『セレッソは今何位かな』という具合に、気にしてしまいますね。全くタイプの異なるスポーツですから、大阪エヴェッサのブースターさんにもオリックスやセレッソの試合を見に行っていただければと思いますし、逆にオリックスのファンの方やセレッソのサポーターの方にも、一度Bリーグを見ていただきたいと思います。普段とは異なる楽しみが、そこにはあると思います」

 

 今年の3月に関西学院大学を卒業する小川さんだが、将来は自分がアメリカの大学、そしてプロの世界で見てきたバスケットボールを中学生や高校生に伝えるためにも、そうした学生が外国に留学する手伝いをしたいという夢を持っている。若くして世界を意識している若い力が、大阪エヴェッサの快進撃を支える一助となっていることは間違いなさそうだ。

 

小川 凌/Ryo Ogawa

ビデオコーディネーター兼通訳

出身校:関西学院高等部→関西学院大学
出身地:兵庫県
生年月日:1997年07月11日

経歴 【所属チーム】:
2017-18
サザンメソジスト大学 男子バスケットボール部学生スタッフ
2018-19
大阪エヴェッサ インターンシップ

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