自ら考えることができる選手に ― 選手寮 寮長 村野晋氏 ―

セレッソ大阪選手寮 寮長  村野晋氏

 

 現在、大阪市内にあるセレッソ大阪の寮にはU-23の選手から高校生まで約30名が生活し、週末には中学生が宿泊することもある。寮長として村野晋氏が最も気にかけているのが、コミュニケーションだという。

 

「就任してから数ヶ月が経ちましたが、漸く彼らに聞く耳を持ってもらえるところまで来たかなと思います。札幌や神戸でもそうでしたが、最初はその耳を作る作業から始まります。それが最も大変なことですけどね」

 

 そう語る村野氏だが、やはり時代とともに子どもたちとの接し方は変化しているという。

「札幌時代は、私が若かったこともありますが、今よりは高圧的だったと思います。時代的にも、まだそうした風潮が残っていました。それこそ夜中に正座させて、説教したこともありました。今はそうした行為は、社会通念的にも許されないでしょうね。神戸でのやり方は札幌に近かったと思います。事実上若いクラブでしたし、私が赴任したのは寮ができた直後でした。私と妻、選手の全てが、いわば同じスタートラインから始まっていましたので、比較的自分のやり方で進めることができました。しかしセレッソ大阪では、既に寮はあり、何年も運営してきた実績もあります。私が後から入っていくわけですから、最初は選手からの信頼を得る必要がありました。子どもとはいっても、当然『このオジさんはどんな人か』という目で見ているわけです。2月からセレッソの寮に入っていますが、スタートラインに立つまでに3ヶ月以上はかかったと思います」

 

 札幌、神戸そして大阪と異なる地域で寮長を務めてきた村野氏だが、時代の変化に伴う子どもの気質の変化は感じるが、そこに地域差は無いという。

「昔は指導者が『ダメ』といったら、それは絶対でした。ある意味では指導者は絶対的な存在であり、その指示は命令と同義だったかもしれません。しかし今の子どもには、納得させるということが必要なのだと思います。そういった意味で時代の変化を象徴しているのはスマホなのかもしれません。私の年代にとっては、食事中にスマホを見ているという行為は違和感があることは事実ですが、これは子どもだけではなく、大人に至るまで世界中で見られる光景ですよね。これに対してNOというだけの根拠は、今の私は持っていません。自分で説明できないことを、感情に任せてNOということはしたくありません。子どもに対して『食事中にスマホを見るのは、行儀が悪いからやめなさい』と言うことは、立場的にはできるのかもしれません。しかしそこで『一人で食事をするときにスマホを見ては、なぜいけないのか?』、『大人がスマホを見ながら食事をしている光景は、至る所で見られるのに、なぜ子どもはそれをしてはいけないのか?』と聞かれたら、それに明確に答えるロジックを今の私は持ち合わせていません。そんな状態で頭ごなしに叱り付けても、今の子どもは納得しません。納得せずに、その場だけやり過ごしても、それは子どものためになるとは思えませんので、今は『俺はスマホを見ながら食事をしている姿に違和感がある』ということを伝えるに留まっています」

 とはいえ時代の変化に左右されないものもあるという。それは、愛情に対する子どもの受け止め方だ。

食事を提供する際に、村野氏は「熱いものは熱いうちに食べさせてあげたい」という思いを持っている。食事を残す子どもに対しても、頭ごなしに叱るのではなく、見守りながら、同じように提供し続けていると、子どもは食事を提供してくれている人の気持ちを慮るようになっていくという。

「愛情に対して敏感なのは、時代や地域には左右されません。こちらが愛情を注げば、子どもはそれを受け止め、応えようとしてくれます。その過程を見るのは、この仕事で感じる喜びの1つですね」

 

 年齢の異なる大勢の子どもの面倒を見る寮長という仕事の中で、村野氏が自分に課していることの1つが「十把一絡げ」に話をすることはしないということ、そして子ども自身に考えさせるということだ。

「子どもとはいっても、一人ひとり性格も違えば、育ってきた環境も異なっています。それが個性を形作っていると思いますが、それを尊重しながら接していきたいと考えています。だから『お前らは』という風に、まとめて話をするということは、なるべくしないように心がけています。そして話をするときには『俺はこう思うけど、お前はどう思う』と問いかけることで、自分で考える習慣をつけさせるように意識しています」

村野氏が『考える』という行為にこだわるのには、明確な理由がある。

「これまで見てきた子どもの中には、小さなものも含めれば問題を起こした子どもは少なからず存在しています。その理由を突き詰めていくと、結局は何も考えていないというところに行き当たります。考えていない子どもに『何でこんなことをしたんだ』と問い詰めたところで、考えていないのだから、答えが出るはずはありませんよね。だから考えるきっかけを与えることが、子どもにとって刺激になり、考えるという行為ができるようになっていくと思っています。だから私は『どう思う?』と数多く問いかけることで、子どもなりに考えてもらうように意識しています」

 

 

 札幌時代を含めると、数え切れないほど多くの子どもと接してきた村野氏だが、サッカーを愛する子どもへの信頼が、その根底にはある。

「確かに色々な子どもがいましたが、サッカーをやっている中に、本当に悪い子どもはいないという実感は持っています。そもそも本当に性根が悪い子どもは、サッカーのようなルールがあるスポーツはやらないのかもしれませんけれど(笑)。だからこそ、子どもたちにはサッカーに限らず、スポーツには積極的に取り組んでほしいと思います。プレーレベルと関係なく、スポーツを続けていれば、大きなドロップアウトはしないと思います。それがスポーツの素晴らしさなのだとも思っています」

 

 プロサッカークラブの寮という特殊な環境の中で、スポーツと勉強の両立についても村野氏は独自の考え方を持っている。

「朱に交われば赤くなるという言葉がありますが、あれをいい意味で捉えるべきだと思います。子どもの中には、こちらが何も言わなくても勉強しようとする子どもがいます。その子どもに『ここを使っていいよ』と場所を提供してあげると、そこに他の子どもが寄ってきます。そのまま見ていると、それに触発されて、勉強を始めます。そして子ども同士で教えあうようになるという自然なコーチングが生まれます」

 

 現在セレッソの寮には23歳以下のプロ選手、高校生以下のアカデミーの選手が同居している。異なるカテゴリの選手が同居する意義について尋ねてみた。

「身近なお手本がいるというのが、一番大きな意義なのだと思います。例えば現在トップチームで活躍している瀬古歩夢選手のことを、アカデミーの選手たちは『歩夢くん』と呼び、慕っています。世代の代表にも選出されている瀬古選手は、将来のセレッソを背負っていくべき存在だと思いますが、そうした選手と身近に接することができるというのは、アカデミーの選手にとっては、アイドルの傍にいるような感覚なのだと思います。瀬古選手はサッカーに対してストイックであり、兄貴分として若い選手の面倒を見ていますので、そうした中で紐帯が強まり、クラブの財産になっていくのだと思っています。こうした存在は、私にとってはありがたい存在でもあります。瀬古選手には『若い選手はキミを見て育っていくという自覚を持ってくれ』という話をしています」

 

 多感な思春期の若者たちをまとめていく上で、ルールの重要性についても尋ねてみた。

「寮というのは、そこで生活する人間のものだと思っています。所有権という意味ではクラブのものですが、ハードではなくソフトの部分は、そこで生活する人間のものであるべきだというのが、私の基本的な考えです。ですからセレッソ大阪の選手寮は、そこで暮らす私のものでもあり、子どもたちのものでもあると考えています。その考え方を、赴任して最初に全員に伝えました。その上でルールは必要だが、それは我々が暮らしやすくするためのものでなければ意味が無いという考え方を説明しました」

ここでも村野氏は、子どもたちにルールについて考える機会を与えている。

 

 プロ選手も含め、寮生を我が子のように慈しむ村野氏は、彼らと正面から向き合うことからは逃げないと語る。「だからこそ可愛くもあり、時には憎らしくもある」と笑う村野氏と明子夫人の愛情を受けて育った子どもたちが、将来のセレッソを背負い、大阪の街に大きな桜の花を咲かせてくれることは間違いなさそうだ。

 

(了)

村野 晋(むらの・すすむ)
■生年月日
1964年1月24日(54歳)

■経歴
◇1992年~1994年
横浜フリューゲルス ヘッドマネジャー
◇1994年~1997年
公益財団法人日本サッカー協会 日本代表チーム総務 − 強化委員会総務担当委員 − 技術部長代理
◇1998年~2002年
2002FIFAワールドカップ日本組織委員会(JAWOC)
◇2003年~2009年
コンサドーレ札幌 − 管理部長 − コンサドーレ札幌独身寮(しまふく寮)寮監 − チーム統括本部長兼GM
◇2009年~2018年
ヴィッセル神戸 − 総務部長 − 広報部長 − チーム統括本部長兼アカデミー本部長 − ヴィッセル神戸選手寮(三木谷ハウス)寮長

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